幼少期(その1)

 前回書いた左利きのお陰もあって幼稚園は大嫌いでした。嫌いで居たくないものですから、何度か勝手に幼稚園から自宅に帰ってきた事を記憶しています。朝も集団登園する集合時間に見たいテレビ番組がやっていたので、ぐずっていました。そんな幼稚園で唯一の楽しみは、お昼寝と帰りがけに貰える肝油ドロップでした。
 帰宅後は近所の幼馴染と遊ぶことが楽しかったです。近所の八幡神社で遊んだり、家の屋根に登ってみたり、畑で秘密基地を作ったり、浅瀬の用水路に入ってザリガニを取ったり、忙しく遊びまわっていました。その中で思い出深い出来事のひとつに入院を経験した事があります。ある時におたふく風邪に掛かり、治りかけの時にじっと寝ていることが出来ずに外で遊んでいました。それが原因でおたふく風邪をこじらせてしまい、腎盂炎という腎臓に細菌が入ってしまう病気になってしまいました。この時のことはうろ覚えですが40度以上の発熱でした。そして、トイレで便器にまたがった時に遊園地のびっくりハウスのようにトイレが縦方向にグルグルと回る経験をしました。その時に目が回るというのは渦巻のように平面でグルグル回るだけではなく、立体的にも回ることがあるという事を知りました。親の話ではその時にゲラゲラと意味も無く笑っていたそうです。そのような状態だったので、その当時の父親が勤めていた会社の前に地元では大きな病院がありまして、そこに入院することになり、約二週間の入院生活を余儀なくされました。その時の楽しみは卵かけご飯の食事でした。高熱が続いてフラフラしていたせいか体温計を落として割ってしまったという記憶があります。両親が毎日見舞いに来てくれたことは親子のスキンシップとしては良い時期だったのかもしれません。
 あと、私自身の覚えのないところでは、親の話によると近所にある駅前で物干し竿を振り回して歩いていて近所の人が親を呼びに来たとか、結構手が掛かる子どもだったようです。高校生ぐらいの時に親戚の叔母さんに久しぶりに会って言われた一言、「おとなしくなったわね。」が私自身の成長を物語っていると思ったものです。(笑)多分、今でいうとADHD気質だったのだと思います。しかし、その当時にラベリングされなくて良かったと思っています。今は「少し変わっている人」で済まされています(笑)。これ以外にも悪さをして怒られたりした記憶は他にもありますので、またの機会にお話ししたいと思います。
 そして、この病気がきっかけなのか、これ以降の人生において膀胱炎になったり、尿管結石になったりとトランジットをしています。尿管結石の時にエコー検査をして初めて知ったのは私の腎臓は馬蹄腎と言って左右繋がっているそうです。腎臓のスペアが無いわけですね。左利き、馬蹄腎、私は何を背負っているのでしょうか。
また、私はよくトイレにまつわる夢を見ます。分析家との夢分析では女性はトイレの夢をよく見るが男性はまず見ないという事を言われます。つまり、女性性の象徴の一つとしてトイレの夢が出てくるという訳です。私のトイレの夢は幼少期の病気が影響しているのか、幼少時の体験が女性性を無意識に感じているのか、何を意味しているのだろうかという事を考えています。膀胱炎は女性がなりやすい病ですし、尿管結石は出産と同等の苦痛と言われています。やはり、これらも女性性と関係があるのでしょうか。河合隼雄先生の著書では日本は母性的な社会であるという事を言っておられます。母性も適度であれば包まれて心地よくて安心できると思うのですが、行き過ぎると呑み込まれて締め付けられて苦しくなってくる事もあると思います。母性と父性のバランスが大切ですね。
 次回は幼少期(その2)をアップしたいと思っています。

左利き

 私が2歳頃に「私の彼は左利き」という歌がヒットしたそうです。その時代での左利きは、今の時代以上に特別な扱いを受けていたように思います。
 そんな私は左利きで生まれ、幼稚園に入る前に父親に矯正させられました。両親曰く、鏡文字を書いていたという話ですが、文字を覚えたての小さい子どもが鏡文字を書くことは結構あることだと思います。
鉛筆を右手に持たせられ、文字を書く練習をさせられたことは苦痛以外の何物でもありませんでした。泣きながら文字を書いていた記憶があります。
 箸の持つ手においても右手で持つように言われて反抗していた事を思い出します。なんせ、生きていく上で絶対に必要な食事ですから、食べられる食事が目の前にありながら上手く食べられないと言うのは私にとっては死活問題で大変なストレスだったのです。そして、反抗の意思表示を示すべく私は、幼稚園のお弁当の日に母親に泣きながら訴えて箸を使わなくても良いパンにして貰っていました。そのような私に両親も手を焼いたようです。
 結局のところ私は親の矯正に抵抗し続けた結果、一部は左利きのままとなり、一部は右利きになりました。箸や包丁などは左、鉛筆やハサミは右というように何か共通性があるわけでもなく左右バラバラで使い分けています。それらの影響で食事の席などは指定がない限りは左端に座ります。なので、私が左利きと気が付かない方もいらっしゃいます。そのような感じで色々と変に気を遣ってしまっていると思う事もあります。
 私の受けた矯正という苦痛やストレスは今も思い出したくないものですが、右利き社会での生活を考えての矯正だったという意味では親に感謝しなければいけないのかも知れません。
 今の時代では利き手の矯正をされることは少ないと思いますが、右利き社会であることは間違いないと思います。例えば、駅の自動改札口は切符の挿入口は右側にありますし、ビュッフェスタイルの飲食店などのスープなどで使用するお玉杓子は注ぎやすくするために先が細くなっているのですが、左利きだと反対となりやりづらいです。そういうちょっとした事がストレスとなっていると感じています。しかし、最近ではユニバーサルデザインの物も増えて左利きのでも違和感なく使えるものも増えてきました。もっと左利きでも住みやすい環境になればと思っています。

こころに向き合う

 これまでの私の人生は、学生時代の挫折、就職した会社の突然の吸収合併や転職、結婚・離婚、などの経験を色々する中で悩み、葛藤し、時には不安になったりした時期もありました。そういう中で「こころ」というものにだんだんと関心を持ったように思います。そして、縁あって大学院で「こころ」について学ぶことができました。
 ある講義で某先生からの「こころに向き合うと人生が豊かになる」という感じの言葉を聞いたとき、私の中で閉ざしていたある扉がノックされて開かれた気持ちになりました。そして、「自分が求めていたものがここ(心理を学ぶこと)にあるのかも」という感覚になりました。それから私は、この時に感じた感覚を信じて「こころ」について学んできました。
そして今の私は、以前の私と比べると少し変わってきたと自分でも感じています。その変わってきたことが良い事なのか、そうでないのか、それは未だわかりません。しかし、私自身は以前と比べると今の方が生きやすくなったと感じています。
こころに向き合う=自分と向き合う=自分を知る、そして自分を知ると人生が生きやすくなる。そういうことなのかもしれません。
しかし、自分を知るというのはなかなか難しいことです。まだまだ、日々精進しないといけないと思うのでした。

青い鳥

最初のブログは、重松清さんの『青い鳥』(新潮文庫)について書こうと思います。
なぜかと言うと、この本との出会が偶然的であり、必然的であったからです。
この本は人生の大先輩でありながら院生の同期という間柄の先生からお借りした本なのですが、この本を借りることになる直前に、インターネットの検索で「青い鳥文庫」という出版社の本を検索していました。すると、検索結果の最初の方に、『青い鳥』が表示されていたのですが、私が探していた「青い鳥文庫」では無かったので特に気に留めていませんでした。
その後、同期の先生とランチをしながらお互いの近況などを話していたら、同期の先生が面白い本があると言って、おもむろに鞄から出した本が『青い鳥』だったのです!私は一瞬、どこかで見たことあるタイトルとカバーだなぁと思い、すぐにインターネット検索で表示されていた本であることでビックリして、さらに鳥肌が立ちました。
そのような運命的な出会いをした『青い鳥』ですが、中学校の国語の非常勤講師の村内先生と生徒や教え子にまつわる物語で、八つの短編になっており、生徒の目線で展開していきます。村内先生は、その展開する物語の見えない所で生徒のために凄いエネルギーを使っているのだろうな、というのが村内先生に対する私の第一印象でした。そのような村内先生とは、国語の先生で言葉がつっかえてうまく喋れない吃音で、特に「カ」行と「タ」行と濁音が苦手で、さらに、緊張している時余計につっかえてしまうのです。
その先生が、いじめられている生徒や傷害事件を起こした生徒、不良生徒など、問題を抱える生徒に会って「間に合う」(助ける)物語なのです。
村内先生は、熱い先生でもなく、冷たい先生でもなく、寄り添ってくれる先生なのです。私はカウンセリングでのクライエントに寄り添うイメージと重なりました。
この本を読みながら私自身の中学生時代を思い起こし、その当時は何も考えず、考えられずにモヤモヤしたり、イライラしたりしていた事が、この本で生徒が思っている気持ちと同じだったのだろなぁ、とシンクロする部分がありました。
どの編も私は感動しましたが、この本のタイトルにもなっている「青い鳥」の編の中で、私の心に残る一文をここに挙げておきます。
いじめについてのやり取りの中で、
「ひとを踏みにじって、苦しめるのが、いじめ-。」
「ひとを苦しめていることに気づかず、苦しくて叫んでいる声を聞こうとしないのが、いじめ-。」
この一文で私の中にふっと湧いてきたのは、
「人は知らず知らずのうちに相手を傷つけてしまうんだよなぁ。」
「困っている人を無視してしまう事もたくさんあるよなぁ。」
です。
そして、私が中学1年生の終わりに亡くなった祖母の事を思い出しました。祖母は若い時から糸を製造する紡績工場や、家が織屋をしていた関係もあり、昔から綿埃を吸い込むことが多かったようです。それが原因で肺の病にかかり、73歳で他界しました。私が病院にお見舞いに行ったある日、祖母が優しい顔をして「真面目に生きていたら、良い事があるからね。」と言った時がありました。結局、それが祖母と私の最後の会話になりました。祖母が亡くなってから時々、その言葉は思い出しては、「祖母の言った真面目ってなんだろう」と思い考えながら「今の私は真面目に生きているのだろうか?」と自分を振り返ります。
今回、この本を読んで祖母の言った「真面目に生きていたら…」とは「真剣に人生を生きなければいけないよ。」なのかもしれないと思ったのでした。
祖母が亡くなって31年経たっても、あのときの言葉以外に何か意味があったのか、意味などなく言葉通りだったのか、わかりませんが、物語の村内先生の言葉が生徒の心に寄り添っているように、私の心には祖母の言葉が寄り添っています。

青い鳥

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【安心の心理相談室】 :理学療法士を経て臨床心理士として活躍していらっしゃる仲間のサイトです。
【心理カウンセリング相談.COM】 :多くのカウンセラー・セラピストが登録されています。当相談室も掲載させて頂いております。

プロフィール

おおたよしかず

Author:おおたよしかず
浜松市(旧浜北市)生まれ・育ちのアラフィフ男性です。
私は転職や離婚を経験して悩んだ時期もありました。そのような中、縁あって大学院で臨床心理学を学ぶ事ができました。心理学を学んで行くなかで自分自身を見つめ直すことができました。これらの経験を活かし地域貢献することができたらという思いに至り、浜北心理相談室を立ち上げる運びとなりました。皆様の悩みに寄り添いながら一緒に歩んでいけたらと思いますので、よろしくお願いします。
(資 格)
・臨床心理士
(所属学会)
・一般社団法人 日本心理臨床学会
・一般社団法人 日本箱庭療法学会
(所属研究会)
・東海箱庭療法研究会
・東京ソンディ研究会