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左利き

 私が2歳頃に「私の彼は左利き」という歌がヒットしたそうです。その時代での左利きは、今の時代以上に特別な扱いを受けていたように思います。
 そんな私は左利きで生まれ、幼稚園に入る前に父親に矯正させられました。両親曰く、鏡文字を書いていたという話ですが、文字を覚えたての小さい子どもが鏡文字を書くことは結構あることだと思います。
鉛筆を右手に持たせられ、文字を書く練習をさせられたことは苦痛以外の何物でもありませんでした。泣きながら文字を書いていた記憶があります。
 箸の持つ手においても右手で持つように言われて反抗していた事を思い出します。なんせ、生きていく上で絶対に必要な食事ですから、食べられる食事が目の前にありながら上手く食べられないと言うのは私にとっては死活問題で大変なストレスだったのです。そして、反抗の意思表示を示すべく私は、幼稚園のお弁当の日に母親に泣きながら訴えて箸を使わなくても良いパンにして貰っていました。そのような私に両親も手を焼いたようです。
 結局のところ私は親の矯正に抵抗し続けた結果、一部は左利きのままとなり、一部は右利きになりました。箸や包丁などは左、鉛筆やハサミは右というように何か共通性があるわけでもなく左右バラバラで使い分けています。それらの影響で食事の席などは指定がない限りは左端に座ります。なので、私が左利きと気が付かない方もいらっしゃいます。そのような感じで色々と変に気を遣ってしまっていると思う事もあります。
 私の受けた矯正という苦痛やストレスは今も思い出したくないものですが、右利き社会での生活を考えての矯正だったという意味では親に感謝しなければいけないのかも知れません。
 今の時代では利き手の矯正をされることは少ないと思いますが、右利き社会であることは間違いないと思います。例えば、駅の自動改札口は切符の挿入口は右側にありますし、ビュッフェスタイルの飲食店などのスープなどで使用するお玉杓子は注ぎやすくするために先が細くなっているのですが、左利きだと反対となりやりづらいです。そういうちょっとした事がストレスとなっていると感じています。しかし、最近ではユニバーサルデザインの物も増えて左利きのでも違和感なく使えるものも増えてきました。もっと左利きでも住みやすい環境になればと思っています。

プロフィール

おおたよしかず

Author:おおたよしかず
浜松市(旧浜北市)生まれ・育ちのアラフィフ男性です。
私は転職や離婚を経験して悩んだ時期もありました。そのような中、縁あって大学院で臨床心理学を学ぶ事ができました。心理学を学んで行くなかで自分自身を見つめ直すことができました。これらの経験を活かし地域貢献することができたらという思いに至り、浜北心理相談室を立ち上げる運びとなりました。皆様の悩みに寄り添いながら一緒に歩んでいけたらと思いますので、よろしくお願いします。
(資 格)
・臨床心理士
(所属学会)
・一般社団法人 日本心理臨床学会
・一般社団法人 日本箱庭療法学会
(所属研究会)
・東海箱庭療法研究会
・東京ソンディ研究会